タイ米に関するいろいろ
岩室 コンビニの弁当やおにぎりには、ジャポニカ米が使われているのか?
前川 インディカのウルチ米に、粘りを出すためモチ米を混ぜているのではないか。高い料理屋に行くとコシヒカリを使うが、コンビニでは採算上、使わない。
高田 1993年にタイから輸入したタイ米がずいぶんたくさん捨てられた。あれは確かに、においがすごかった。もっとも、ぼく自身は嫌いじゃないですが……。
前川 あのコメはにおいがすごくてパサパサでした。あのころ、消費者協会などに招かれ、どうすればタイ米を日本のコメのようにおいしく炊けるかとよく聞かれた。「タイ米はカレーをかけるか炒飯にする方法ならば食べられるというけれど、毎日カレーを食べるわけにもいかないし、なんとかおいしく食べる方法を教えてください」という質問が多かったが、「違うコメだから無理ですよ」というしかなかった。
栗田 昔は日本のコメもずいぶん香りというか、においがあった。民博のはじめの頃の『民博通信』に、和歌山県でネズミの小便のにおいのするコメがあって、綿々とキープしていたが、最近なくなりつつある、という記録があった。香り米というのは日本でもあることはあったのだ。
疋田 ネズミの小便というのは、香りはあったが、その香りは好まれていなかったという意味ですね。
栗田 日本人が外米をきらいになったもう一つの理由として、タイ米を輸入するときの麻袋に使われたアマニ油のにおいが、コメに移って外米のニオイが固定されてしまった、という話を聞いたのだが、そういうことはありうるのか。
前川 ヨーロッパへの輸出も普通に麻袋を使っているから、日本だけが例外とは思えない。つまり、香りというか、臭みがついているコメが、日本では受け入れられなかったということだろう。
現在の香り米でも日本料理には合わない。私の好みは、平均的日本人の好みからややズレていると思うが、その私でさえ合わないと思う。タイ米の匂いを気にせずにおいしく食べるには、ピラフや炒飯にするか、カレーをかけてしまうかしかない。カツ丼、牛丼は、まだなんとかいけるかもしれない。普通に日本のおかずで食べるというのは無理だろう。ご飯だけを口に入れて食事するというのは、東南アジアだ。他の国はだいたい混ぜてしまうのでなんとかなる。
西洋でも、タイの香り米はかなり売れている。それは香りが好みに合うというよりも、スパイスや油脂を多く使う料理では、コメの香りなど感じないのでしょう。だから、西洋で香り米が売れているというのは、たんに食味が合っているということだろうと考えています。
栗田 ブータンには赤米があるのだが、色のついたコメというのはタイにあるのか。
前川 赤米も黒米もあります。どちらも品種的には同じで、インディカ種だ。モチ米が多いが、ウルチ米もある。日本の場合は、匂いがあるコメと赤米は排除されており、タイでも状況は同じだろうが、最近は健康志向が高まっているためスーパーで高い値段で売っていたりする。赤米はおいしいものだから、私はタイから日本に帰るたびに2kg、5kgと買って帰るが、ほんの少しでも混ぜて炊くと全体が赤くなる。ただし、あまりたくさん入れると炊飯器に色がついてしまう。日本で買うとすごく高いので、タイ土産にどうぞ。
栗田 タイ人は1日にどのぐらいコメを食べるのか。
前川 古い資料ですが、1980年代は、国民ひとりあたり1年に150キロという数字がある。肉労働をする成人男子の場合はどうかと、タイでいろいろ聞きまわったら、市場のおばちゃんたちの話では、200キロくらいになるんじゃないかという。確か日本人が最も多くコメを食べていたのは、60年代初めで、120キロくらいだった。だから、肉体労働をする成人男子ということなら、1年に200キロという消費量も、ふしぎな数字ではない。
旅行をしていると、食堂などで、その国の料理の一人前の量はどのくらいなのかと興味をもってみるのだが、ネパールやインドネシアなどはご飯を山盛りにしていっぱい食べるが、タイでは日本の茶碗一杯くらい。茶碗に一杯といってもパラパラの飯だし、お皿にふっと乗るくらい。おかわりをする人はほとんどいない。その代わり、のべつまくなしに食べる。一人前の量は本当に少ない。丼飯を食うような人はまず見ない。都会の外食ではそうだが、農山村の家庭ではどうかということはわからない。きっと、たらふく食べると思う。
栗田 ブータンなどは変な栄養学が入って、コメ1kgで必須アミノ酸が全部とれるといって、ものすごくコメを食べる。私のように茶碗一杯では「身体がもたない」と言われる。
前川 ブータンでは、どうやってコメを炊いているのか。赤米は映像でみたことがあるが、完全な白米もあるのか。
栗田 湯取り法だ。煮立てるとドロドロの水が上に浮いてくるので、それを捨ててパラパラにする。白いコメはあるが、基本的には洗わない。タイでは洗うというのは立派だなと思う。
前川 他のこともすべてそうだが、中国の影響をどこまで考えるかだ。タイ人は、もともとコメを洗っていたのか洗わなかったのかはわからない。中国人は洗うから、その中国人の影響が入ったのかもしれないが、いま一つわからないのだ。
中国の影響
前川 中国や日本を除けば、民族料理店の誕生は非常に遅い。外国人観光客が来るようになって、その国の民族料理店が生まれる。タイでも、タイ料理店ができたのは非常に新しい。タイで、タイ人を客とするタイ料理店ができたのは、1960年〜1970年代くらいではないか。それ以前も屋台はあったが、麺などの中国料理だ。あるいは、中国風大衆食堂のような店だ。
高田 それならば、1960年以前のタイの人々はすべて自分の家で料理を作っていたのですか。
前川 タイ料理に関しては、そうでしょう。ちょっとした金持ちの家には料理人がいますから。自分の家で食べられるものを、なぜ外で金を出して食べなければならないのかという考え方だ。もし外食するなら、中国料理でしょうね。中国人は外食が好きだから、中国人が自分たちのために外食産業を手がける。
1920年代のタイに関する日本語のガイドブックをみると「タイ料理を食べたかったら、タイ人の家に行くしかない」と書いてある。それが、1960年のベトナム戦争の頃、観光客が行くようになって外国人向けのタイ料理店ができる。古典舞踊を見せながら、「タイ料理」と称する、「目黒のサンマ」のようなまったく臭みのない料理を出すレストランシアターが登場する。金を持っているのは中国系であり、中国人は辛いものが苦手で、くさいものもダメだから、外国人観光客の好みと一致する。そういう料理を出すと、それがタイ料理店としてはやる。そうこうしているうちに外食文化が成熟し、次第にタイ人の中間層が誕生して、普通のタイ人が普通に食べに来るようなタイ料理店が増え、1980年代くらいからタイ料理の大衆化は始まる。
湯取り法、炊く、蒸す
岩室 モチ米を普通に食べている地域では、茶碗で食べるのか。
前川 飯カゴか大皿に盛って、みんなで手づかみで食べる。
東南アジアでは炒飯はもっともポピュラーな米料理だと紹介されたりするが、中国系の入っている部分だけを見て言っているのだ。モチ米は炒めないから、モチ米の地域には炒飯がない。それに以前に、中華鍋がなかった。中華鍋は都会だけのものだ。農村部まで中華鍋が入ってくるのは1970年〜80年代以降だと思う。
ちなみに、基本的に、モチ米地域でもウルチ米地域でも、栽培した野菜はまず食べていない。コメは肥料をやらなくてもできるが、肥料をやらないと野菜や果物はできない。野菜など栽培しなくても、林や河辺に、いくらでも山野草が生えている。例えば、川辺には空心菜(ヒルガオ科)があるから、それがおかずになる。空心菜を生か茹でて、エビを発酵させた味噌にニンニク、唐辛子を入れたものをつけて食べる。魚があれば魚を焼くが、空心菜だけしかないとなるとみんなで唐辛子味噌をちょっと付けて食べる、という形の食生活だ。
高田 中華鍋の話が出たが、煮炊きは鍋がなければできない。蒸すのは、湯を湧かす器は必要だが、そのほか必要なのは蒸し器だから、蒸すほうが、炊くよりも装置としては楽ということなのか。
前川 蒸すのも炊くのも、同じようなものだと思う。湯取り法は、水加減はいらないが、大量の水を湧かすので燃料費はかかる。炊き干し法にしたほうが、水は少なくて燃料費はかからない、ということだ。
栗田 ポリネシアは結局、鍋はなかったわけだろう。だから蒸し料理しか発達しなかった。鍋のない文化というのはありうるわけだ。
前川 竹筒飯はあるが、タイの竹筒飯は、ほとんどモチ米で砂糖が入っていてココナッツミルク入れて、というお菓子だから、これを日常的に食事として食べていたとは考えられない。楽しみで食べていたのだろう。これは、いわばモチ米の炊き干し法だ。
岩室 タイ人も粘りのあるコメが好きなのではないか、ということだが、ジャポニカ米の栽培量が増えるとか、インディカ米を品種改良するといった傾向はあるのか。ジャポニカ米の復活はしづらいのか。農業的な条件が一緒であれば、そちらに置き換わるということは、ありうるのではないか。
前川 「カーオ・ホーム・マリ」が高い値段でもどんどん売れているのは、ほかほかほっこりしたコメに人気がある、という方向にいっているからだと思う。しかし、それ以上はわからない。
岩室 香りがセットになっているというのが理由か。
前川 どちらも重要で、どちらに重点があるのかはわからない。もともとなかったところに新種が入ってくることはあっても、ジャポニカ種からインディカ種へと、ドラスティックに変化した国というのはタイ以外にないのではないか。
栗田 湯取り法がなくなったのは炊飯器のせいだろうと思うが、世界中、かなりの山奥でも電気炊飯器を使っている。
前川 炊飯だけのタイプの電気釜は安い。もはや中国製で数千円というくらい安いのがあると、電気さえあればやはり楽だ。タイ料理の食材を扱っているウエブの通販サイトでもちゃんと電気釜を売っている。ちなみに、電気鍋も人気だ。ホットプレートが鍋になったようなもので、これと電気釜があれば、料理をするために、まずに火をおこすというこれまでの作業工程がすべて省略できる。スイッチを入れるだけで加熱開始だから、手軽だ。
タイ人の味覚──辛い、酸っぱい、甘い
岩室 都内のタイ料理屋の料理は、辛い、酸っぱい、甘い、の味が同居しているから、タイ人は酢飯が苦手と聞くとちょっと違和感があるが、どういうことなのだろうか。
前川 確かに、タイ人は酸味が大好きだ。ライムをたくさん絞って使う。タイ人が好む酸っぱさは柑橘系とタマリンドの2種類で、酢はほとんど使わない。酢を使うのは中国人だ。
ところで、タイ料理の本には必ず「タイ料理は酸っぱくて、甘くて、辛い」と書いてあるが、それは間違いだ。確かにそういう料理もあるが、中国系タイ料理は唐辛子が入っていないので辛くはない。タイ料理のルーツを考えると、伝統的なタイ料理と中国系タイ料理があることがわかる。違いは、ショウガや粉末のコショーを使うのが中国系タイ料理で、伝統的なタイ料理では粉末コショーをあまり使わない。生の粒コショーも、「よく使う」というほどではない。
つまり、タイ人は酸味が嫌いなのではなくて、コメの酸っぱいのは腐っている感じがして嫌なのだ。ただし、それもいつまで続くかは疑問だ。ファストフードで一番多いのがKFCだと思うが、2番目が金沢のラーメン屋で100店舗くらいあって、それ以外のラーメンチェーン店もあって、その次にマクドナルドだろう。日本の大衆飯屋もすでにあるし、今後、日本の料理店がいっぱいできて、本格的な寿司ブームになったら、寿司飯も食べるようになるだろう。
高田 日本でも、高度成長期には先進国のものは入ってきた。しかし他方、途上国のものはあまり入ってこなかった。アメリカ、フランスの料理は入ってきたが、タイ料理は入ってこなかった。ところが、高度成長期が終わると、タイやベトナムの料理を取り入れるようになる。タイの場合も、中国、日本、アメリカのものは入ってくる。しかし、それ以外の料理はどうなのか。東南アジアとひとくくりにされるが、どの国から取り入れるかはずいぶん違うのではないか。タイにラオス料理屋などはあるのか。
前川 ラオス料理屋はないが、東北タイの料理はほとんどラオス料理です。ベトナム料理屋はあるが、タイ人はあまり行かないようです。
高田 自分たちより「上の国」や「下の国」といった考え方はあるのだろうか。
前川 あると思う。80年代に、ワールドミュージックもそうだが、価値観の転換がさまざまな分野でおこってきた。西洋だけが世界じゃないだろう、という動きが西洋から始まって、エスニックがキーワードになる。タイ料理もその一つだ。タイ人から見ると、西洋料理や日本料理はよく食べるようになったが、タイ国内にも多く住むインド系住民の料理にはほとんど興味を示さない。
日本のタイ料理店は、1980年代の前半には5軒くらいで、東京にしかなかったはずだ。今は300軒あるか、500軒あるかわからないくらい多い。80年代後半に一気に増えたのだ。私はそれ以前に何十年もタイ料理を食べているから、このブームは一時的なものだろうと思っていたが、いまだに終わらない。
高田 今しがた「上の国」「下の国」という話題を提供したが、80年代の終わりに紹介された「カンニバルツアー」という映画は、そういう問題を非常に象徴的に物語っていた。パプアニューギニアに観光に来る欧米人を揶揄ししながらオーストラリア人の監督が制作した映画だ。この映画が紹介されるまでは、ヨーロッパから来た連中が、「30年前までこいつら人食いやってたんや」というスタンスで現地の人々の映像を撮っていたのが、この映画は、それを逆転して、ヨーロッパから来た観光客を揶揄的に扱ったから……。そういう時代が来たということだろう。
前川 観光客が帰ったあとで化粧を落として、無線で「次の観光客は何時に来る?」っていう映画だね。
栗田 ある統計では、唐辛子を食べる量はタイ人が一番で8.5g。2位がインド人と書いてある。それだけ食べているのか。
前川 唐辛子は種類によって辛さが違うので、グラムでいうことの意味はほとんどない。重さから言えば、キムチがあるので韓国人が一番かもしれない。ハンガリーも消費量が多いが、パプリカだから全然辛くない。統計は乾燥唐辛子を指すことが多いが、タイ人は粉トウガラシよりも、生トウガラシを料理することが多いため、統計には表れにくい。
「メキシコも辛いけど、タイの辛い料理が世界で一番辛いんじゃないか」という話をよく聞くが、比べようがないのでわからない。私は何十年もタイで食べていて、バンコクの中国系タイ人よりもはるかに辛いものが好きだから、おばさんが心配して「辛いの食べられる?」と聞くが、「大丈夫、大丈夫。普通にして」という。
高田 イサーン(タイ東北部)はどうですか。
前川 イサーンの家庭に居候したことがある。「辛いもの食べられる?」と聞かれたので、当たり前という顔をしたら、招待してくれた人は「僕は辛いものが食べられなくてさ」という。で、その家の料理をひと口食べて、飛び上がった。唇が腫れ上がるくらい辛い。バンコクの店の料理というのは金持ちの中国人のレベルに合わせているから、それほど辛くない。家庭料理は恐ろしい。
タイで辛いものを食べるのは労働者、貧乏人であり、金がないから辛いものでご飯をいっぱい食べるという発想があるから、辛いものが食べられないというのがステータスシンボルになっている部分もある。辛い料理は健康に悪いというとらえ方もある。韓国でも小学生のきらいなものの一位はキムチだった。
栗田 唐辛子が入ってきたのが15世紀ぐらいだろう。それ以前のタイ人は何を食べていたのか。
前川 辛いものではコショーだろう。
栗田 山椒はなかったのか。
前川 今は全く見かけないが、あったかもしれない。ほとんどの人はトウガラシがはいる前はコショーがあったという。ただし、そんなに大量にコショーを食べていたとも考えられない。
栗田 四川とブータンあたりまでは明らかに山椒だったと言ってよいと思う。
前川 タイ族は雲南から下ってきたので、山椒と一緒に下ってきた可能性はある。
豚の生肉
高田 苦いもので思い出したのは周達生さんの話です。「便汁菜」という、糞便の臭いがして、猛烈に苦いらしい。牛の腸の内容物をワラでしぼって生焼けの肉にかけて食う。トン族の話だったと思う。
前川 僕はケニアで食べたが、普通の肉料理だと思ったら胆汁の苦みがすごい。タイに便汁菜があるかどうか知らないが、ラオスにはある。ラオスとタイは田舎のほうでは文化が似ているから、タイの田舎の家庭ではあるかもしれない。
それよりも、日本人がびっくりするのは豚の生き血をかけることだ。生の豚の肉をミンチにして豚の生血をかけてトウガラシとニンニクなどを入れて、生のまま食べる。
高田 ドイツには豚のタルタルステーキMettがあるが、タイで生の肉を食べて大丈夫なのか。
前川 僕が居候した家庭では食べていて、僕を案内した中国人は食べなかった。僕は一口だけでやめておいた。村の人はみんな食べている。
白幡 ドイツでは普通に食っているね。旅行者でも食べられる。そんなにつらいことはない。
高田 すごくきれいに飼ってるのでしょうね。それに、生き血ははいってないのでしょう。
白幡 生の血のソーセージがあるぐらいだから、つぶしたときは血を混ぜて食べていると思う。
前川 生肉に新鮮な血を混ぜて、そのまま食べるんですか?
白幡 ブルートヴルストBlutwurstという料理だ。
コメの買い方・売り方
白幡 今日の本題に戻るが、ここにある価格調査はスーパーの袋入りだよね。見栄で高いのを買っているのだろうか。
前川 見栄かどうかはわからないが、最近はカーオ・ホン・マリが絶対条件だ。
白幡 日本では、昔ならば、コメは米屋で買ったり、家に配達してもらったが、銘柄なんてないような、その米屋さんのブレンド米だった。袋入りのカーオ・ホン・マリはどんな層が買うのか。この袋の一つ一つはかなり大きな流通を持っているのか。
前川 大きな流通を持っているものもある。資料はタイの日本語雑誌に載っているコメのリストだが、読者が日本人なので、コメに関する知識を伝えるという面と、実際に買うガイドとしての紙面作りだと思います。実際には日本人は日本米を買うため、こんなコメがあります、という紹介程度の意味しかないだろう。3枚目に、「癒し効果を狙った米」というのがあるが、緑色のパンダナスあたりは値段が高くて、買うのは金持ちだけだ。
白幡 最初に行かれたときに袋入りはあったか。
前川 なかったと思います。袋入りのコメが現れたのはここ20年くらいの話だ。
白幡 中国のスーパーだと、袋入りもあるが、だいたい品種の銘柄(こういう商品名ではなく)が書いてあって、1合とか3合とか量り売りしている。スーパーの中に量り売りコーナーはないのか。
前川 ないと思います。
白幡 日本でもスーパーでコメの種類はそれほど多くないのに、なぜ中国ではスーパーでこんなにコメの銘柄を扱っているのか不思議だった。北京と上海だったが、都会のせいかもしれない。黒いのも、緑のも、黄色いのもあった。同じようにコメを食べるのでも、いろいろな違いがあるものだ。
前川 そういえば、サイトでみられるレポートで「中国におけるコメの品質変化と流通動向」(九州大学大学院農学研究院)というのがある。市場と百貨店食品売り場とスーパーでの、袋売りと量り売りの写真がある。http://www.agr.kyushu-u.ac.jp/agr_08/ou/education/research/project_h18/maeda.pdf
高田 アメリカのスーパーでも5〜6種類……いや、もっと置いてあるところもある。値段が一番安いのはカルローズだったかな。一番高いのは田牧米ゴールド。値段は2倍くらい違う。
前川 ポルトガルの小さな町に行ってもスーパーにコメはある。そんなに量はなくて、1ポンドか2ポンドの小さな袋入りだが。
高田 栗田先生をディレクターにして、疋田さんたちが調査されたときも、ヨーロッパ(パリとロンドン)の家庭では、「コメは台所の必需品」というぐらいあったようですね。
米栽培北限の北上
栗田 タイはコメを二期作しているね。
前川 実は、中部を除けば、二期作はあまりやりたがらない。2回目は、肥料をいっぱい入れたりして、やはり品質が落ちるし、その間、季節労働をしたほうが稼げると考える人は多い。また、雨を待っているだけでは1回しか作れないため、灌漑をちゃんとやる必要がある。雨が多くて灌漑ができているところでは、大々的にトラクター入れて、肥料を入れて二期作をやっている。二期作分の収穫高は、全収量の2割強くらいでしょうか。
栗田 ネパール人などは、タイでは2回も3回も田植えができて天国みたいなところだと思っているが、味はどうなのかなぁと不思議だった。日本人はコメを北へ北へと北海道まで持ち上げていくが、寒いところで作るコメはうまいのだろうか。
前川 北海道の「きらら」なんて今ものすごく人気がある。コメのうまいと言われているところは、新潟もそうだがみんな寒いところだ。
高田 北海道のコメの人気が出てきたのは、いわゆる「温暖化」の影響もあるんではないか。
岩室 もともと北海道でできるコメはアミロース含有率が高くておいしくなかったのだが、それを品種改良で下げて北海道でもおいしいコメができるようになった。
藤本 伝説では、牛丼屋がきららを採用して、牛丼にはきららが向いている、とバーッと入れた。
前川 考えてみると、なぜ南のほうでコメの産地ってないのだろうかね。
高田 昔から、商品作物としてのコメの栽培に関しては、一定以上の広さの田圃がないと、経営的にペイしない。だから、コメしか作れない東日本では、田畑の統合が進んで地主小作制が定着した。しかし、菜種や綿花などの換金作物の栽培が容易に畿内では、3反ぐらいの土地があれば食べていける。そういう場所では地主小作制ではなくて、いわば「共和的な宮座」を中心にムラの運営を行なわれた。コメを作るより、はるかに大きな現金収入が得られたわけです。
白幡 コメの産地というのは量が穫れるという産地と、コメのブランドとして人気が出るという産地と両方あるのではないか。
藤本 麻井宇介さんのワインの話を読んでも、原産地では安物の荒っぽいワインしかできなくて、寒さに強いように品種改良して北へ北へと上げていき、糖度も上げて、芸術的にうまいワインは北限に近いものということになった、という。
前川 コメしか栽培できない地域が、有名産地になったということでしょうか。
白幡 コメもワインと同じかもしれない。糖度の低いものからワインの洗練されたものが生まれる。
藤本 麻井さんはそのあたりを上手に書いていた。本来、できないところで作るからうまくなると。
嗜好の変化・外からの影響
高田 タイの場合は、中国の影響が非常に強い。で、嗜好の違いを考えようとすれば、本来はどうだったか、今はどうか……そういう視点の違いによってとらえ方が違ってくるかもしれない。実際「微妙な嗜好」というと、思っている以上に大きく変化するという可能性もある。
前川 嗜好という点でいうと、本来、コメと魚、醤油の世界の人間は、乳製品が食べられない、といわれてきたけれど、今はタイでもピザが人気で、特に子どもは大好きだ。チーズバーガーも大好きだ。ただし、プロセスチーズであり、ナチュラルチーズには至っていないが、本来、乳製品を受け付けなかった人たちが、だんだんチーズやバターを食べるようになってきた。それがこの20年ぐらいのタイの大きな変化だ。ただし、牛乳は売っているが、ストロベリー味とかチョコレート味とかであって、牛乳そのものは売れない。無糖の牛乳を買っているのは外国人だけだ。
高田 マクドナルドの進出の影響が大きいのではないですか。
岩室 子どもたちはピザにいっぱい唐辛子を入れて食べるのか。
前川 そちらの方向には変化していない。ただし、面白いのは、カレーライスはあるが辛くない(韓国のカレーライスも辛くない)。外国の料理だと思っている限り、その料理を自分流にアレンジすることはないのだろう。もう少し時間が経たなければわからないが。日本人はスパゲティにタバスコをかけるといった日本化をやっているが、タイ人はまだそこまでは至っていない。「なんじゃこれは」という「なんちゃって日本料理」を探したが、みつからなかった。時間がたてば、タイ化した日本料理が現れると思いますがね。
それよりもむしろ食べ方のほうが面白い。器に口をつけて食べるのは、日本と朝鮮、中国ぐらいで、特に、お椀に口をつけて汁を飲むのはほぼ日本だけといっていい。それで、タイの日本料理屋で定食が出るときタイ人はどうするか、というのをしばしば観察しています。客の行動の前に気づいたのは、店員は、店に入ってきたのがどこの国の人間かをみていることだ。僕が入るとそのままの定食が出てくる。タイ人が入ってくると、チリレンゲをつける。チリレンゲがないと味噌汁が飲めないからだ。ところが、タイ人の中でも丼や椀を手に持って食べる人がいる。配偶者が日本人か、日系企業に勤めているか、どちらかだろう。
食べ方と何を注文して食べているかによって、日本人度というのがわかる。最初は焼きそば、天ぷらあたりからはいり、だいたい問題なく通過する。そのあとは寿司。高いせいもあるが、なかなかなじめない。刺身もやはり生魚ということで一段階ハードルが高い。その次に、きんぴらゴボウや和え物や納豆などは、何年か日本に住んだことがないと注文しないだろうというものを頼むようになってくる。そうなってくると、汁物は、チリレンゲなど使わずに、椀に口をつけて食べられるようになってくる。
謎なのは、ラーメンが流行っていると先ほど言ったが、つけ麺も流行っていることだ。タイ人の一般的な食生活の中で、箸で麺をつかんで、つゆに浸けるということはない。浸けて食べるというのは四川の一部の麺を除いてまずない。絶対に流行らないだろうと思っていたら割に人気がある。このように、この10年ぐらいの食文化の変化は激しい。日本人風に食べるのが流行ってきたのかと思う。
(2010年6月5日)