では、生理的嗜好と文化的嗜好との間には、どんな関係があるのでしょうか。最初に思い出すのは「イスラム圏の豚肉」と「阪神大震災のおにぎり」をめぐるエピソードです。
最初の話題は、著名なSF作家の実体験に根ざしています。あえて名は伏せますが、その作家がイスラム圏を旅したとき、とんでもないいたずらを思いついたのだそうです。
「イスラム教徒に豚肉を食べさせたらどうなるやろか」
というわけです。そこで豚肉が原料のソーセージを焼いて、知り合いになったイスラム教徒たちに振る舞ったのです。すると彼らは、「うまい、うまい」と、それらを食べてしまいました。
やがて宴が終わるころ、SF作家が種明かしをしました。
「さっき君らが食ったんは、じつは豚肉やったんやでぇ」
その瞬間、彼らは顔面蒼白になり、嘔吐しはじめました。やがて全身の痙攣が始まり、呼吸困難になり、顔面は真っ青......。救急車を呼ばねばならなくなるし、警察官が来て尋問を受けることになるし、すんでのところで逮捕されそうになったといいます。
いうまでもなく豚肉に、そんな身体の変調をもたらす物質が含まれているわけはありせん。げんに、日本人のSF作家自身に何も起こらなかったことはいうまでもありません。それが「豚肉のタブー」という「文化」を身に着けていたイスラム教徒には、強烈な生理的忌避反応を引き起こしたのです。このことは、長年にわたって馴染んだ文化から逸脱する行為は、ときに人間の生理にも大きな影響をもたらすということを物語っています。
そういえば、いつも科学的な思考の道筋をはずすことのない先輩の人類学者から、
「猿の肉を食べたあとにジンマシンが出たことがある」
という体験談を聞いたこともあります。これもまた「人に近い動物を食べたことが心理的に作用した結果だろう」と、その方はおっしゃっていました。
これとは逆の意味で、しかし、よく似たことは、1995年の阪神大震災の直後にも観察されました。壊滅的な打撃を受けた地域の被災者に、最初に届けられたのは「小麦粉を焼いた乾パン」でした。それは、栄養源としては適切な緊急食料にほかなりません。
ところが、いくら乾パンを食べても、人々の元気は回復しなかった。そんな状況のもと、まもなく米の炊き出しがはじまり、おにぎりと味噌汁が配られるようになりました。その瞬間、人々の体調は最悪の状態を脱し、顔の表情にも光が射すようになり、ようやく復興への第一歩を踏み出す気持ちの余裕が生まれたのでした。
当時、新聞やテレビを通して広く伝えられたこうしたニュースからも、ここでいう「文化的嗜好」が人間の身体の生理に大きな影響を及ぼすことが読みとれようかと思います。