CDI logo  トップページプロジェクトファイル ⊃ 生活財生態学 (最終更新 2004年3月21日)

生活財生態学 −−「生活文化研究の視点と手法から文化ニーズを考える」

疋田 正博

 CDIの研究の柱のひとつは「生活文化の研究と提案」であるが、さらにその中核を占めるのが「生活財生態学I・II・III」である。 1975年から、ほぼ10年おきに3回、日本の家庭に保有されている生活財についての大規模な調査を行なった。 サンプル数はそれほど多くはない(IIIが204世帯)のだが、家庭にある全生活財が対象となるので、調査アイテムがすごい(IIIが4203品目)のである。 しかも各品目について、その有無(保有数)、購入意欲、使用頻度まで聞いている。 さらに各部屋9枚ずつ写真を撮って、それをもとに、各住宅でのモノの配置の様子を上からのぞいた、西山卯三風あるいは妹尾河童風のイラストにおこし、家庭景観のさまざまの傾向を仮説をたて、カウントしていく、という手法である。 意見・態度を尋ねるアンケートを併用することもたまにあるが、基本的には「モノをして語らしめる」というたいへんザッハリッヒ(即物的)な、唯モノ論的な調査なのである。 大正末期・昭和初期に今和次郎と吉田謙吉いうひとが、「考現学(モデルノロヂオ)」と名付けて始めた研究手法の現代的発展形だと自負している。 そしてこの方法と視点は文化ニーズを考えるときにも有効性をもちうると思われる。

 こうした生活文化研究の視点から、生活者の文化ニーズを考えてみると、まず気付くのは住居ステージが上がる(住宅が広くなる)にしたがって、他の分野の生活財の保有品目数はあまり変わらないのに、趣味用品の保有品目数は増加することである。 生活に余裕ができると、文化へと目が向くのである。各家庭にある趣味用品の品目数で見ると、日本はおそらく世界有数の文化国家である。

 とはいうものの現代日本の家庭の文化状況を手離しで礼賛することはできない。 モノが溢れかえっていて、家庭景観(インテリアといってもよい)が混乱している家庭が大部分なのである。 それには収納空間が十分ないとか、モノにたいするアニミズム(物心崇拝)のようなものがわれわれの心の中にあって、不用品を思い切った処分ができないなど、さまざまの原因が考えられるのであるが、持っているモノに対して住居空間が狭すぎるのが大きな要因である。 その証拠に、同じ家でも引っ越しをして住宅が広くなると、座敷にタンスなどの収納家具を置いたり、その上にダンボール箱を積んで収納具として使うのを、やめていく傾向が見られる。 家庭景観の混乱のもうひとつの大きな要因は家庭のなかから招客習慣を排除してしまったことである。 かつての床の間はいまや物置と化しているが、玄関の下駄箱がどんどん立派になり、その上が床の間風になってきているところにも、それが現われている。 だから年中行事や招客の機会を増やして、家のなかを他人の目に曝すようにすれば、美意識が復活するのではないかなどという提案を、われわれは行なっている。

 将来が多少楽観できるのは、年配の人たちよりも都会の若い人たちに、インテリアデザインへの配慮が見られることである。 例えば、もらったカレンダーを全部、座敷の壁いっぱいに掛けるのが年配に人たちだとすると、都会の若い人たちは自分で買ったお気にいりのカレンダーをひとつだけ掛ける、といった違いである。 ささいな違いではあるが、この違いは重要である。 カレンダーが複製絵画になり、さらにホンモノのアートの作品になるというふうに、生活のなかの文化や芸術は育っていくのであるし、そうした自分の好みや主張を明確に持ってインテリアデザインを考えるという姿勢や態度が、自分の家のエクステリア(外構)デザインへの配慮へと発展し、都市の景観への配慮へと繋がっていくのである。 都市の美観だの、ランドスケープだのといっても、家庭景観の混乱を放置していては、砂上の楼閣というものである。その意味で、このカレンダーの掛け方の違いにこそ希望が見いだせるのである。

 「生活財生態学」シリーズの番外編として、私たちは1984年に「生活財の処分と再流通」を調査したことがある。 モニターを募り、1年間に処分した生活財ひとつひとつに関してその都度、1枚づつのカルテを作り処分の理由、処分の方法、処分にあったっての感想について記入をしてもらって、写真も撮影して添付してもらった。 これを材料に研究を行い、処分理由は大別して「破損して使えなくなった」「成長などで身に付けられなくなる」「流行おくれや飽きで要らなくなる」の3つあり、それぞれ処分の方法や感想が違うし、年令性別でもそれが違うことがわかった。そして処分と再流通を効率的にする方法を提案した。

 モニターを募って、そのモニターに長期間ある行為を1件ごとにカルテを作って記録してもらい、あとでそれを数量的に分析するという手法の良いところは、とりあえず現象を包括的に記録しているので、分析の段階で仮説を思い立っても検証ができることである。 この手法は、その後「家庭における年中行事の調査」や「家庭における食事場面のしつらえに関する調査」でも活用し、従来の仮説実証型のアンケート調査では気付かないさまざまの傾向を見出すことに成功した。

 文化的行動については、さまざまのアンケート調査がなされていて、それらはいつも都市に文化施設が不足している、文化に関する情報提供が不足している、人々は忙しくて文化活動を行なう時間が不足している、などの表面的な結果を明らかにしているが、さらにその背後にどのような事情があるのか、文化的行動の動機は何か、文化的行動を妨げている要因は何かについて、例えばこのようなモニターに長期間ある行為を1件ごとにカルテを作って記録してもらう手法で、じっくりと調査してみれば、人々の文化的行動のニーズの状況や、活性化の方策もわかるのではないだろうか。

 同じく「生活財生態学」シリーズの番外編として、私たちは1976年に、72時間連続撮影できるビデオを使って、LDK(リビング・ダイニング・キッチン)における人々の行動、モノと行動の関係を調査をしたことがある。 ビデオをつかって記録したものを、数量的に分析する手法も、試行錯誤のはてにこのとき開発した。 同じ考え方でも、いまならもっと機械化して効率的な分析が可能だろうと思われるが、当時としては画期的な方法で、注目を集めた。 この調査の結果、洋風のLDKで意外にも「電気やぐらこたつ」が活躍していることがわかり、それならと、ソファーなどの洋家具を置かないで低く暮らすライフスタイルや、洋風のこたつ掛け布団、夏もそのままテーブルとして置いておいておかしくない家具調こたつなどを提案し、実現した。 人々の行動をビデオを使って連続撮影して分析するこの手法は、その後、パチンコ店における行動の調査などにも応用されたが、同様の手法は、美術館における鑑賞態度の調査研究などにも応用できそうである。

 被調査者が広い範囲を移動し、ビデオを使うのが有効でない場合、それに近い調査手法として、調査者が行動者のあとを接近尾行し、聞耳をたてて、行動・言動を記録して分析するという方法がある。 先述した「考現学(モデルノロヂオ)」の今和次郎・吉田謙吉たちが、当時出現したデパートでの人々の行動調査で使った方法である。

 同様の方法を、私たちは、遊園地における子ども連れ家族の行動・言動や、遺跡公園や歴史的建造物における見学者の行動・言動の調査で使ったことがある。 とくに後者では、展示側が予想もしない問題意識や先入観で展示物を見ていることが明らかになった。 今後、美術館・博物館を新規にあるいはリニューアルの構想する場合も、展示する側の啓蒙意識と先入観でひとりよがりな展示を見せるのではなく、「展示側と見る側のコミュニケーションの場」として美術館・博物館を構想しなければならない。それには、こうした手法での地道な調査研究の積み重ねが必要であると思われる。

 低成長経済の状況の現在、かつてのようにアートに気前よく金を出す企業も少なくなった。 自治体も文化に対する支出がタックスペイヤーの支持をえられるか心配になってきている。 しかし経済成長が鈍化したとはいえ、日本が世界で最も豊かな、生活水準の高い国のひとつであることは間違いない。 その豊かさで文化・芸術を支える余裕もニーズも、日本社会にはあるはずである。 そうした余裕やニーズが、何処にどのように存在しているのか、われわれが生活研究でやってきたような、主観をできるだけ排除した冷徹でザッハリッヒに把握する努力が、文化ニーズに関して、今こそなされなければならない。

(1999.2.23.)

 [CDI関連調査研究]

『生活財生態学−家庭における商品構成からみたライフスタイルの研究−』
1976年3月

『生活財生態学II−モノからみたライフスタイル・世代差と時代変化−』
商品科学研究所CORE+CDI
1983年6月1日

『生活財の処分と再流通』
商品科学研究所CORE+CDI
1987年8月1日

『生活財生態学III 大都市・地方都市・農村・漁村 「豊かな生活」へのリストラ』
1993年9月30日

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